熱に溶ける





 熱い。
 重ねられた唇も、絡めた指も、肌をくすぐる吐息も、首筋を這う舌も、シャツの上から肌を撫でる指も、快斗から与えられる熱が全て熱くてたまらない。
 脳の芯から溶けていくような感覚がほんの少しだけ怖くて、それを誤魔化すように、あるいはいっそ本当に溶け合ってしまおうとでも言うようにひじり自らキスを求めて何度も唇を重ねた。


ひじりさん、脱がしていいですか」


 熱い吐息をこぼしながら赤い顔で律儀に訊かれ、思わず頬を緩めてしまえばじとりと睨まれる。
 情欲の熱にけぶる目を真っ直ぐに見つめ、覆いかぶさる快斗に向かって両腕を広げたひじりは、どうぞと優しく微笑んだ。





■ 熱に溶ける ■





 ゆっくりとシャツを脱がしていく手は小刻みに震えていて、緊張しているのがよく判る。時折深呼吸を繰り返すのは、荒くなりそうな呼吸を努めて落ち着けているからだろう。そのことに気づきながらも何も言わず、ひじりはただ脱がしやすいよう無言で背中を浮かせた。
 脱がしたシャツをベッドの下に落とした快斗は、上下の下着姿になったひじりを見下ろし、日焼けを知らない白い肌とそれなりの大きさをした形の良い胸、鍛えられて引き締まった体にごくりと喉を鳴らす。
 そしてふと、左肩の醜く引き攣れた傷を見て労わるようにそっと指を這わし、けれど無言のまま双丘へと滑らせた。


「うわ、やわらか…」


 思わず本音を呟いてしまった快斗が感動に目を見開き、ふにふにとくすぐるように指で押す。その素直な言動に目を細めたひじりは無言で両腕を快斗の首に回し、次いでぐいと引き寄せて胸に頭をうずめさせた。


「わぷっ、っんんん!?!?」


 むき出しの腕に抱かれ、下着に支えられながらも直接触れるやわらかな双丘にうめた快斗の頭を押さえながら撫でる。ちゅ、とつむじにキスをした。
 快斗が慌てて抜け出そうとするがひじりはがっしりと掴んで離さない。快斗には見えなかったが、無表情のくせにその顔は実に楽しそうだった。
 快斗の耳や首までが真っ赤に染まる。ギブギブと言うようにベッドを叩いていた手から力が抜けかけたことに気づいて力を緩めれば、その瞬間を逃さず勢いよく快斗が体を起こして拘束から逃れ、真っ赤な顔を手で覆う。


「ななななな何してっ…!」

「うん、確かこれが男の夢だって聞いたから。気持ち良かった?」

「死ぬかと思うほどに」


 やわらかかった…何あれすごい…と上を向き両手で顔を覆う快斗に満足気に頷いて手を伸ばす。


「ほら、快斗。おいで?」

「……何か悔しい」


 常の無表情をどこか楽しそうに緩めて、頬は僅かに紅潮させているが余裕綽々なひじりに快斗は言葉通り悔しげに呻き、伸ばした両腕にキスをしてもう一度胸に顔をうずめる。
 今度は押さえず、快斗の頭を軽く撫でながら好きにさせた。弾力を確かめるように鼻先で数度つついた快斗がゆっくりと舌を這わし、その感触と熱にぴくりと体が跳ねる。
 快斗の左手が脇腹を優しく撫でて太腿へ伝う。右手が腰から背骨を撫で上げ、意図を察したひじりが背中を浮かせると簡単にホックが外されて、解放された圧迫感にほぅと息をついた。
 するりと脱がされたそれがシャツと同じくベッドの下へ落ちる。覆いのなくなった胸の右側に快斗の左手が触れた。


「…、快斗の手、熱い…」

「熱くさせたのはひじりさんでしょ」


 胸元から顔を上げて半眼でじとりと見つめられ、それもそうかと納得はしたが、少しだけ反論したくなったひじりは快斗の両頬を掴んで引き寄せてキスをした。


「でも、そうさせてるのは快斗だよ」


 あんまりにも愛しくて、この脳の芯から溶けるような感覚を共有したい。
 自分だけは嫌だ。一緒に、この麻薬のような甘い熱に溺れてしまいたかった。


「…っ…」


 ぐっと息を呑んだ快斗がやや乱暴にキスしてきて、唇を割り熱い舌が口内へ差し込まれる。性急に絡められた舌の熱さがひじりの冷静な部分をぐちゃりと溶かしていく。うなじに快斗の手が回り、更に深く、呼吸すら奪うようなキスに眩暈がした。


「ん、ん…ちゅ、ん」


 だがなされるがままではなく、応えるためにひじりもまた舌を絡め返し、両腕で快斗の首を引き寄せる。
 口の端から2人分の混ざり合った唾液がこぼれる。いつの間にかお互いにぴったりと密着して、ひじりの形の良い胸がやわらかく潰れた。
 シャツ越しに感じる体温がもどかしく、キスの合間に襟元から快斗のシャツに手を差し込んで直に触れれば絡まっていた舌がびくりと震え、2人はどちらからともなく一度唇を離す。名残惜しげに銀糸が伝い、ふつりと切れた。


「あっ…つい」


 持て余した熱に呻いた快斗が上体を起こし、勢いよくシャツを脱ぎ捨てる。するとあらわになる、無駄な肉のない引き締まった体。細身だが鍛えられた体は固く、触れればひどく熱かった。
 はっ、と少し荒くなった息を吐き出して深呼吸を繰り返そうとする快斗の腕を引く。手の平に、手首に、腕に、キスをした。
 ひじりさん、と咎めるように快斗が呼ぶ。優しくすると言ったからには終始心掛けようとする快斗が愛しい。けれど今ひじりが欲しいのは、優しい熱ではないのだ。


「いいから、優しくなくてもいい、から…だから快斗、ちょうだい…」


 肌と肌が触れ合い、人間の熱を直に感じればどうしたって思い出す。
 冷えた手と、射抜くような鋭い深緑。違うと分かっているのに、全然違うのに、それでも思い出してしまう。
 だから塗り替えてほしい。火傷してしまいそうになる熱と青い目で、この行為に情をつけて。


「あなたの熱で、全部溶かして…私の中に残った黒、を」


 消して。そう続くはずだった言葉は、唇が重ねられて喉の奥へ呑み込まれた。
 触れ合っただけの唇が離れる。頬を撫でられて初めて自分の体が震えていることに気づいたひじりは、小さな痛みと共に首に赤い華が一輪咲き、もういいから、と優しく微笑まれて震えを止める。
 唇を重ねながら、おぼつかないながらも優しく与えられる愛撫と熱をただ受け入れ、甘い声を響かせた。


「はっ、ん…ふ、ぁっ…」


 赤子のように両方の胸を舐めては吸い、感触を楽しむかのようにやわやわと揉んでいた手が肌を滑って下方へ伸びる。下着越しに秘部へと触れられ、びくりと腰が跳ねた。なだめるように触れるだけのキスをして、快斗の指が上下に動く。
 そのもどかしい感覚に息を詰める。耳をねぶられてふるりと震えれば、腰上げて、と囁きが熱い吐息と共にかかって背筋が期待に慄く。
 言う通りに腰を僅かに浮かせると下着はあっさりと取り払われ、生まれたままの姿になったひじりを見下ろして快斗が恍惚に目を細めた。


「…綺麗だ、ひじりさん」


 常の無表情はいつも通りあまり動いてはいないが、余裕が既にないことが快斗にははっきり判る。白い頬は紅潮して、秘部に近い内腿を撫でられれば体が跳ねた。
 実際にしたことはなくても知識として、あるいは本能からどうすればいいかを快斗は知っている。ひじりの両足を広げて間に収まり、煌々と照らされる明かりの下、舐め回すように見られてはさすがに恥ずかしいようで、ひじりがあんまり見ないでとか細く抗議すると一度深く呼吸をした快斗が困ったような苦笑を浮かべた。


「ごめんひじりさん、オレ、優しくする自信なくなりました」


 言うが早いか、ひじりが反応を示す前に快斗の右手の指が秘部に埋まった。
 喉を引き攣らせて短い嬌声を上げたひじりの内部は既に潤っていたため抵抗も痛みなくすんなりと呑み込み、それを確かめた快斗の指の2本目が差し込まれる。
 ぐぐっと長い指が深くまで押し入られては引き抜かれ、差し込まれてはバラバラに動き、卑猥な水音がぐちゃぐちゃと響いて聴覚を犯していくようで、腹の奥から沸き立つ熱と快楽にひじりは眉をひそめた。


「あ、あっ、ん…ひぅ、う、んっ」


 元より生娘ではないため時間もかからず指が3本すんなりと入り、それぞれがナカを掻き回せばびくびくと腰が跳ねて止まらない。嬌声をもらしていた唇にキスをされ、舌を絡めてくる快斗に反射的に応えた。


ひじり、さ…オレもう、我慢できそうに、ない」


 唇を離し、荒い息の合間に苦しげにそう言われ、ひじりは無言で首に回した腕に力をこめ縋りつくように抱きついた。
 肌と肌が触れ合う感覚が気持ち良い。隙間なく抱き合えば溶け合うかのような錯覚を覚える。
 互いに熱でとろけた目で見つめ合い、キスを交わして、一気にずるりと指が引き抜かれて身を震わせたひじりは、ふと、そういえば快斗は避妊具を持っていただろうかと思い至った。だがそれは要らない心配だったようで、どこに隠し持っていたのかしっかりと快斗の手の中にあった。
 一旦体を離して起こした快斗が寝巻き代わりのスウェットと下着に手をかける。それを見ないようにして明るい天井を見つめていると、多少は手間取ったようだがすぐに準備を終えてひじりの視界へ入ってきた。


「…挿れていい?」

「ん…別に、許可は取らなくていいよ。快斗なら、いつでも」


 赤く色づいた頬を少しだけ緩め、触れるだけのキスを交わすと秘部へ指とは全く違う質量の熱が宛がわれる。
 今になってまた緊張し体を固くする快斗の肩から腰にかけて優しく撫でてやれば、ひとつ息をついた快斗がひじりの頬にキスして、ゆっくりと腰を進めた。
 ぬち、ぐち、と粘着質な音を立てて入ってくる。あつい、ともらされたがそれはひじりも同じだ。
 熱い。とても熱くて、体内からどろどろに溶けてしまいそうなほど。このままひとつになれたらだなんて、そんなことを思った。
 やがて全てが納まると、快斗は深く息を吐いてひじりの肩口に頭を預けた。少し荒い呼吸のたびに揺れる癖毛がくすぐったい。


「快…あっ!」


 撫でようと手を伸ばしかければ唐突に突き上げられ、思わず短い嬌声を上げたひじりの顔を覗きこむ快斗の、余裕が一切ない、情欲に満ちた青い目に射抜かれて心臓が大きく跳ねた。
 腰を掴まれ、抜き差ししやすいよう僅かに持ち上げられてただ揺さぶられる。ベッドの上で跳ねるたびにふるふると揺れる胸に噛みつかれ、痛みと同時に微かな快感も得てしまった。


「あ、っぅん、ああ、はっ、あ、ァ、あっ」

「気持ち、良い…やべ、これ…!」


 ごめん、ひじりさんごめん、ごめん、と荒い息の合間で謝りながら、歯止めが利かなくなった快斗は自らの快感を深く追っていく。
 優しさとは程遠い、激しい抽挿と痛いほどの愛撫は、しかしひじりにとってこれ以上ないほどの甘い充足と快感を与えた。
 愛する人が強く自分を求め、自分もまた求めている。心だけでなく体も深くまで繋がることがこれほどまでに満たされるものだとは、知らなかった。
 歓喜に心が震え、ぞくぞくと快感が電流のように背中を駆け抜ける。心の奥深くに残った黒がどろどろに溶けていくようで。


「快斗、ん、好き、大好き」

ひじりさん…オレも好き、愛してる、本当に…どうしようもない、くらいに」


 互いに愛を囁き合い、いやらしい音を立てて深くキスを交わす。
 唇を離し、絶頂を近くに迎えても歯を食いしばって何とか耐える快斗の表情にきゅうと心臓が締めつけられ、同じくナカも軽く締めつけたことで更に歪めさせて、それに確かな興奮を覚えた。


「かわ、いー、い、快斗…んぁっ、あっ」


 思わず快斗の頬を撫でれば、不服気な目をして更に強く腰を打ちつけられ息を呑む。
 結合部が鳴らすぐちゃぐちゃと卑猥な音、突き入れられる火傷しそうな熱、打ちつけられ肉と肉がぶつかる衝撃に削られた理性などもはや無いに等しい。
 2人はただ、互いに互いの体で快感を追って貪り、溺れ、けれどそこに確かな幸福を感じていた。


ひじりさん、ひじりさん、ひじりさ、ん、ひじりひじり…!」


 熱でとろけた青い目が額から流れる汗に細められる。眦から頬へ伝い、顎から滴り落ちたそれがぱたぱたと涙のように胸元へ降った。
 もはや理性も飛ばした快斗に呼ばれ、限界が近いのか、更に大きくなったものに突き上げられながら腕を伸ばす。
 隙間なく抱き合えば汗ばんだ体はぴたりと吸いつくように重なり、ひじりのやわらかく潰れた胸が上下に揺れて互いに刺激を与えた。


「くっ、ぁ、もう…!」

「ぁ、あっ、ん、ふっ…────!」


 息を呑んだ快斗がびくりと腰を揺らし、薄い膜越しに胎内へぶちまけられる熱を感じると同時、ひじりもまたぎゅうぎゅうに締め上げながら果てた。びくびくと小刻みな痙攣を繰り返し、一滴残らず搾り取るかのような締めつけに快斗が小さく呻く。

 暫く揃って荒い息をついたままその体勢でいたが、ふーっと長く息を吐いた快斗が顔を寄せてきたのでキスを交わし、ゆるく舌を絡めながら快斗がずるりと引き抜いてひじりはくぐもった小さな嬌声を上げた。
 快斗が避妊具を始末してベッドに横になり、もそもそと腕を伸ばし自分とひじりに布団をかける。


「すっげーきもちかった…ひじりさんは…」

「うん、私も…ありがとう快斗」


 唐突に礼を言われてきょとんと目を瞬かせる快斗にひじりは頬を緩め、小さく微笑むと快斗にキスをした。


「大好き、愛してる」

「……それ、オレの台詞…」


 顔を赤くして呻くように返した快斗が「オレだって、大好きですし愛してます」と言って強く抱きしめてくる。ひじりも背中に手を回すことで応え、少しだけ体を離して、2人は触れるだけのキスをした。
 ひじりを抱きしめ直す快斗の頭を優しく撫でてやればうっとりと目を細め、そのまま眠気が襲ってきたのかうとうととしだす。


「眠っていいよ。私も寝るから」

「…ん」


 もう取り繕う気力もないようで、快斗はひじりを抱きしめたまま目を閉じ、すぅと寝息を立てた。おやすみ3秒。
 昨日から色々あって、初めてなのにあんなに激しくして、それはそれは疲れただろう。本当は寝る前に風呂に入るか、せめて点いたままの電気を消したかったのだけど、この腕の中から出るのは惜しく、まぁいいかとひじりもそのまま眠ることに決めた。


(…あたたかい)


 先程までの火傷しそうなくらいの熱ではなく、穏やかに溶け合うかのようなぬくもりに包まれ、快斗ほどではないにしろ、疲労から然程時間をおかずひじりにも眠気がやってきた。
 うとうととしながら快斗の胸板に頬をすり寄せる。すると更にぎゅうと強く抱きしめられて、それにやわらかく頬を緩めたひじりは、あたたかく満たされる確かな幸せを感じ、おやすみなさい、と小さく呟き目を閉じた。






 end.



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