まほうつかい





 いつもご贔屓にありがとうございます、と新聞屋からもらった動物園の無料チケット。
 博士と哀は行く予定がないと言ってひじりに譲り、せっかくだからデートしてきなさいよと哀に背中を押されたこともあって快斗を誘うために電話をかけた。


『デート!?行く行く!絶対行きます!』

「じゃあ、次の日曜日に」

『はい!!』


 電話越しにでも伝わる快斗のはしゃぎように、ひじりがやわらかく頬を緩めたことを知っていたのは、ベッドの上で丸くなっていた猫だけだった。





□ まほうつかい □





 デート当日。動物園の最寄駅で待ち合わせをして訪れた2人は、日曜ということもあって人で賑わう波に乗り、スタッフにチケットを見せてパンフレットをもらいゲートをくぐった。


「快斗、すごい猿の数だね」

「本当だ。それに、ちょうどエサの時間だったみたいですね」


 ゲートをくぐってすぐ、目の前に広がる大きな猿山にひじりは物珍しそうに目を瞬かせ、快斗が殆どの猿達がそれぞれ果物の欠片を持っていることに気づいた。
 猿山とは胸くらいの高さの塀と十数mの谷とで区切られているが、網や檻がない分間近に見え、それぞれの猿の様子もよく見える。
 一匹だけ群れから離れた猿、猿山の頂上近くでゆっくりとエサを貪る猿、兄弟なのか数匹が寄り添ってエサに食いつく仔猿に、母猿の腹にしがみついて移動している赤猿。エサの取り合いで喧嘩している猿なんかもいて、ひじりの隣で快斗が笑った。
 猿山を一通り眺め、園の推奨ルートに従って2人は手を繋ぎながら歩き出す。


「ふれあいランドもあるみたいですし、後で行ってみます?」

「うん。確かうさぎだっけ」


 うさぎとひじりさんの組み合わせは絶対可愛い、と快斗が内心デレデレしていることは知らず、ひじりもうさぎと快斗の組み合わせは絶対可愛い、と思っているのだから2人は似た者同士で大概である。
 そしてお互い写真撮りまくろうと考えているとも知らぬまま、ゆっくり歩きながら動物達を観ていく。

 ゾウの鼻を触らせてもらい、キリンにエサをあげ、オランウータンは寝ていて動かず、馬がのんびりと草を食むのを眺めていれば白い馬が目に入り探を思い出した快斗が思わず苦い顔をしたり。
 いつもの無表情をひじりは僅かながら楽しそうに緩め、それを見た快斗はひじりが思った以上に楽しんでいることを知ってより楽しそうに笑う。そんな快斗の笑顔にひじりがまたやわらかく頬を緩めて、互いに繋いだ手に軽く力をこめた。


「さすがに、レストランは人で溢れてますねー…」

「ファーストフードでも買って、ベンチで食べよう」


 昼時に寄ったレストランはたくさんの家族連れなどで満員だったため、ひじりの言う通り適当に買って少し離れた所のベンチに腰かけ昼休憩を挟んだ2人は、色んな意味でお互い楽しみにしていたふれあいランドに赴こうと歩き出したところで、突然「おとーさん!」と快斗の足に何かが飛びついた。
 快斗が動きを止め、つられてひじりも足を止めて2人で下を見下ろすと、そこには快斗の足にしがみついて半泣きになっている小さな男の子がいた。


「…どうした、ボウズ?」

「えっ!?」


 おとーさん、と言われたが快斗が子供の父親であるはずがなく、推定5歳くらいの子供に視線を合わせるために快斗がしゃがんで問うと、子供は驚いたように顔を上げ、父親でないと気づくとぐしゃりと顔を大きく歪めた。


「お、お、お…おとーさんじゃないぃ~~~!!」

「…迷子?」

「ですかね」


 ひじりもまた腰を屈めて首を傾げれば快斗が頷き、やれやれと小さく息をつく。
 これだけ人が多ければ迷子の1人や2人は出るのもしょうがないし、この子供はおそらく父親と快斗が同じズボンを穿いていたため間違えてしまったのだろう。
 うわぁあんと大粒の涙をこぼして泣きじゃくる子供に、しかし快斗もひじりも慌てず、一度顔を見合わせて再び子供に戻した。


「大丈夫、泣かないでいいよ」

「おーいボウズ、ほれほれよーく見てろ」


 ひじりが子供の頭を優しく撫で、快斗が子供に声をかけて何も持っていない手を示す。
 撫でられて少しだけ落ち着き、しゃっくりあげながらも言われた通り快斗の手を見つめる子供に、快斗はにっと笑って手の平を握り締め、逆の手の人差し指で叩いて静かにカウントした。


「ワン、ツー…スリー!」


 ポン!


 小さな音と共に開かれた手の平に現れたのは、3つの飴玉。
 突然何もなかったはずの場所に現れたそれらに、子供は泣くことも忘れて目を見開いたまま呆然とし、次いでぱぁっと輝かんばかりの満面の笑みを広げた。


「すごーい!まほうみたい!」

「これだけじゃないぜ?ほら、オメーの手も開けてみな」

「?」


 涙に濡れた頬を紅潮させ、きらきらと輝く目で快斗を見ていた子供に得意そうに笑みを深め、快斗が促すと子供は自分が握り締めていた手の平を示されて首を傾げながらも言われた通り開き、そこにころんとひとつ小さな飴玉があったのを見て目を丸くした。


「なんでー!?なんで!?」

「オメーが泣きやんだから、お姉ちゃんがプレゼントしてくれたみてぇだぜ?」

「ほんとう!?おねーちゃん、ありがとう!」


 子供に満面の笑みで礼を言われ、ひじりは僅かに無表情を崩すと優しく撫でてハンカチで子供の頬を拭う。
 快斗から飴玉を受け取ってポケットに入れ、自分が持っていた飴玉の包装を解いて口に入れる子供に快斗が優しく訊いた。


「そんで?父ちゃんとはぐれたのか?」

「うん…ぼくがうさぎを見にいくって、はしってきちゃったから…」


 ということは、この子もまたふれあいランドが目的だったのだろう。
 どこから来たのかと更に問えばレストランから来たと言われ、成程なとひじりと快斗が納得したように頷く。
 この道はレストランからふれあいランドへ続く大きな道から少し外れている。おそらくこの子供は近道でもしようとして横道にでも入り、親とはぐれてしまったのだろう。


「それじゃ、私達と一緒にふれあいランドに行こう。そこにお父さんもいるかもしれない」

「ですね。迷子センターに連れて行くよりかはそっちのが早いし可能性が高い」

「おとーさん、いるかなぁ」


 不安そうに見上げてくる子供に快斗が大丈夫だと優しく笑う。きっとお父さんもそこで待っているよとひじりが続ければ、子供は安心したように笑って頷いた。
 ひじりと快斗の間に子供が入り、手を繋いで3人がふれあいランドへ向かって大きな看板が見えてくると、同時にその周辺でうろうろと落ち着きなく辺りを見渡す男が見えた。


「おとーさん!」


 男を見て、ひじりと快斗と繋いでいた手を離した子供が一目散に駆けて行く。
 やはり快斗と同じズボンを穿いた男は、自分に向かって来る子供に目を見開き、膝をついて腕を広げ、飛び込んできた子供を抱き締めた。


「ケンジ!どこに行ってたんだお前は!」

「ごめんなさい!でもね、まほうつかいのおにーちゃんとおねーちゃんがいたから、だいじょうぶだったよ!」

「魔法使い…?」


 不思議そうに首を傾げた男がひじりと快斗に気づき、慌てて頭を下げる。
 子供を抱っこしたまま歩み寄られて再び礼を言われ、2人は大したことはしていないと首を振った。父ちゃんが見つかってよかったな、と快斗が子供の頭を撫で、子供は笑顔で大きく頷く。


「そうだ、うさぎ!おとーさん、うさぎ!」

「ああ、分かってるよ。…お2人共、本当にありがとうございました」

「またね、まほうつかいのおにーちゃん、おねーちゃん!」


 男の腕から降りて大きく腕を振った子供がふれあいランドへと駆けて行き、慌てて男が追うのを見送っていたひじりは、ふと、どこか寂しげな笑みを浮かべながら眩しそうに2人を見つめている快斗に気づき、先程子供と繋いでいた手で快斗の手を握った。無言で快斗が指を絡めてくる。


「私達も行こうか、魔法使いさん?」


 少しからかうように言って手を引くと、快斗はきょとんと目を瞬かせ、やわらかく笑うと頷いた。
 そして2人は、それぞれうさぎを抱く相手をしっかりと写真に収めるべく奮闘し合い、先程の親子に声をかけられ、うさぎを抱く2人が並んで写る写真を撮ってもらうこととなった。



end.




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