ウォッカの受難 1





「ウォッカ、欲しいものがあるんだけど」

「何だ。また本か?」

「ううん下着」

「少しは恥じらいを持て!!」



 ドール、もとい工藤ひじりは図太くしたたかな女だ。
 しかし相棒兼兄貴分のジンはそれを咎めもせず、それどころか面白そうにするだけで度々振り回されるウォッカはたまったものではない。
 世話係ではないにせよ自由に外を出歩けないひじりが望むものを今まで用意してきたが、まさか照れもせず無表情にさらりと下着を要求されるとは思っていなかった。
 何でも、ジンとの行為の最中、乱暴に扱われて千切れたりして何枚か使いものにならず残り少ないのだとか。一応あれでもギリギリまで遠慮していたのだなと思うと同時に、ほんの少しだけひじりに同情した。
 ひじりはジンのものだ。彼女が自らそう望んだ。本人も気にしていないようだし、同情するのは筋違いなのかもしれないが。


「今度カタログ持って来てやるから、分かるように印つけとけ」

「うん」


 素直に頷くひじりを見てため息をつく。
 まったく、何だって兄貴もこんなのを飼っているんだか。
 そうは思いながら、ウォッカの独断でひじりを殺せば自分が殺されることくらい分かっている。

 ひじりの顔は悪くない。むしろ良い方だ。あと3年もすれば幼さもだいぶ抜けて綺麗なものになるだろう。
 濡れ羽色の髪も黒曜の瞳も魅力的ではあるが、いかんせんウォッカは子供には興味がない。
 ジンがロリコンだとは思っていない。断じてない。


(兄貴は年下もイケるだけだ。うん)


 考えたことを知られれば間違いなく銃弾を撃ちこまれることを急いで振り払う。
 そんなウォッカを見て、ひじりはきょとんと無表情に首を傾け、しかしすぐに興味を失ったかのように顔をそらした。


「…ところでウォッカ、甘いものは好き?」

「はぁ?いきなり何だってんだ」

「いいから。好き?」


 ひじりからの唐突な問いに、訝りながらもウォッカは「嫌いじゃない」と短く答える。


「そう」


 やはり無表情にひとつ頷いたひじりは、ふいにベッドから降りるとキッチンに向かい、何やら底の深い皿を持って来た。


「暇だから作ったけど、余ったから食べて」


 ずいっと突き出された皿には、丸い円形のクッキー。見た目はこんがりとした小麦色で、おそらくプレーンだろう。
 余ったから、と言う通り、皿に残ったクッキーは多くない。だが、ウォッカが1人で消費するには多い。


「…こんなにいるかよ」


 というか、毒でも入ってるんじゃねぇのか。
 ぽつりとそう思うが、材料も調味料も用意したのはウォッカで、そんな不穏なものを自由にさせるはずがない。
 気にしすぎだろう。それにひじりは、包丁すら自由にできるというのに一切こちらに向けようとせず、誘拐犯の仲間相手に淡々と「それは困った」と無表情に首を傾げるだけだ。困っているなら困った顔をしろよとは言わないでおく。


「私もジンもだいぶ食べたんだけど、さすがに飽きた。保存料なんか入れてないから長くもたないし…」

「……」

「まぁ少しでも減らしてくれれば、あとは私とジンで何とか消費するよ」


 ひじりの淡々とした言葉に、これを兄貴にも食わせたのかと思わず呆れる。
 ジンのことだからはっきりと「毒入りか」とでも聞いたのだろうが、そんなものひじりが手にしていたらウォッカの不始末としてウォッカが殺される。
 何だろう、若干の理不尽さを感じる。

 しかし、元々どれくらいあったのかは分からないが、2人で食べてまだこれだけ残っている。
 ジンはそんなに甘いものを食べはしなかったはずだ。だがひじりは結構図太いので、無理やり口に捻じ込んだ可能性がないとも言い切れない。もしかしたら素直に食べたのかもしれないが。それをウォッカが知りたいような知りたくないような。いや、知らなくていい。


「……はぁ」


 ため息をついて軽く脱力し、ひじりの持つ皿から一枚のクッキーを手に取る。おや、と目だけで意外そうにひじりが見上げてきて、それを半ば無視しながら口に運んだ。


(俺が食わなかったら、兄貴が食うことになるしな…)


 兄貴分が食べて、ウォッカが食べないわけにはいかない。
 胃もたれしそうだが残ったクッキーを食べ切ってもいいか。そう思いながら、ばくりとひと口で食べたウォッカは、瞬間大きく顔を歪めた。


ブフォッ!!!てめっ、これ甘っ…!!どんだけ砂糖入れやがった!!

「いやぁ、間違えて規定の分量3倍にしちゃって」

「どう間違って3倍になるんだ殺す気か!!!」


 というか、これを兄貴にも食わせたのか!
 思わず眉を吊り上げて怒鳴るも、ひじりは飄々と無表情に「だから頑張って食べたよ」と返す。


「あ、私は2枚でギブアップしてジンはひと口だけ食べて残りを私の口へ突っ込んだ」

「それを『だいぶ』たぁ言わねぇんだよ!!!!」


 このアマ!と半ばぶち切れるウォッカ。
 そのヤクザ並みの威圧感に、しかしごめんごめんと抑揚なく謝るひじり
 ウォッカは深い深いため息をついて、そうだこれだからこいつはドールなんだと頭を抱えたのだった。






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